新年にあたり

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    皆様、明けましておめでとうございます。
    2011年、平成23年の始まりです。 

    身も心も浄化されるリセット感が新たな力を生むこの時、
    今年はどんな行いを新しいカレンダーに書き込もうか、
    と、初暦をながめ見る。

    良い日があり、さえない日があり、それが人生。
    ただ、心情としては良き日が多いほうを望むのが常。

    それならば、と心を馳せる。

    すべきことを行い、あとは公正無私にして絶大無辺の力を持つ天
    に、その命ずるままを行うべきものと観念しよう。


    今年も皆様にとりまして、良い年となりますようお祈り申し上げます。

    今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。


    (地域密着型F

    大晦日にあたり

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      師走、年の瀬、大晦日
      時の流れは早いもので気がつけば、あぁ今年ももう終わり。
      今年の行いを振り返り、そうただただ振り返り・・・
      あれやこれやとシーンが巡り、たら・れば、を小さく思い、
      次のパーソナルステージを思い、活かすことを胸に秘める
      まさにこの日。

      色々な記憶を相まって、反省の情念が一番深まる時でもある。
      得たものと失ったものを省みるに相応しい日でもあろう。

      その得たものと失ったものとの天秤比べで、マイナスに比重が
      ある時などは、詩歌に親しむ楽しみを覚え、その楽しみも
      さまざまではあるが、妙なる一行に出会う幸せは
      その最たるものである。

      心のポケットにしまい込み、時折そっと取り出してはあの時、あの頃、あの季節、
      心の画面に映し出し、そうかそうかと味わい直してみる。
      慰められたり、励まされたり、etc・・・

      今の自分にあった句通り、我行いに満足できた時にこそ、
      我精神を奮い立たせる絶妙の妙薬にこそなり、
      「活力の湧く泉」となり、豊穣となるが、それは無限ではない。

      「教育は国家百年の計」ではないが、
      天然資源の乏しい日本同様、
      知識が足りない者は復活向上しかなし、要は「自分つくり」しかない。
      知識向上の停滞は結局次のシーンを担う人たちに、さらには利用者様に
      ツケがまわることになることを認識しなければならない。

      今日の大晦日は、今年の事を中心に、来年に向けての
      方向性なるものを、実現可能ならしめる方策を携えて、
      妙にふけたいと思う。



      今年も皆様におかれましては、
      当法人のブログを通じまして、
      たくさんのご意見やご感想を頂戴し、
      それが大いに励みになりましたことは、
      この場をお借りさせて頂き、
      厚く御礼申し上げます。

      そして、多くの方に支えられ、この一年もお伝え続けられたことは、
      何よりも皆様のご声援他ならないことであります。

      来年も元気に「言いたい放題」ブログを発信させて頂きますので、
      なにとぞ、ご愛顧の程、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

      皆様、良いお年をお迎えいただきますよう、心よりお祈り申し上げます。


      (久々登場 地域密着型F


      仕分け作業 〜介護予防〜

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        行政刷新会議が軸である行政仕分け作業が終了した。拍手
        国会議員、専門家全57名が3エリアに分かれ、マスコミをはじめ国民に見てもらう形の公開型で行われたことは周知の事。このやり方は今までになかったまさしく刷新的なことで、細かいことは抜きにして批判の対象とするには総じて視点が違うように思う。ふぅ〜ん

        従来の密室裁判的な官僚主導で事を運ぶものではなく、比べてはるかに公平であることは国民目線であり評価できることであり、保守系メディアの“民主のやっていることはビジョンのない拙速的な国をダメにするものだ!”という報道の仕方に疑問を感じる。ふぅ〜ん

        対応も以前より柔軟的で、例えば仕分け作業で、スーパーコンピューターの予算等を削ったことに対して作業展開を見直した上で復活させようと方向転換したことは、やりっぱなしではない修正対応能力を備えた場であることを認識させてくれた。イケテル

        その仕分け作業であるが、やはり自分が従事している分野への関心は目を光らせていないといけない、見る
        ということで、厚生労働省に目をやると、んっ?見る聞き耳を立てる
        ありますね〜、なになに便箋見る
        介護サービス適正実施指導事業が自治体実施、介護支援専門員資格向上事業が半額となっている。予算執行率の低さが原因との事。ケアマネ研修が半額になれば、自ずと受講費用負担は自己負担となる可能性大で、賃金が低いケアマネにとっては痛手になることは必至である。何とかならないか?

        研修内容の見直しを図らなければ、要は効果的な、ケアマネにとって今後のケアマネ業務にプラスになるような研修内容にしなければならないターニングポイントになるキッカケになればとプラス思考で受け止めようと思うし、受講内容そのものについて、業務を割いてまで受講する必要があるかどうか、と考えざるを得ないお粗末なものもあることを思えば、受講内容もさることながら、受講時間、費用設定の見直し、講師陣も協会の息のかかった人たちだけで固めるような偏りのあるものでは無くなるだろう。ラッキー

        仕分け作業で、あと一つ重要なものが含まれている。それは、介護予防事業。
        これは、要援護の恐れがある特定高齢者の生活機能維持向上を目的とする事業を展開するよう市町村に義務付けているもの。野球ゴルフテニス水泳カラオケ
        内容としては、‘団蟾睥霄垰楮の実施、一般高齢者施策の実施、、J餝臈支援事業、でぐ媚業として構成されているが、上記について特に´△鬚気后
        仕分け理由として、財務省側は、「効果はそれほどない」、「予防効果実証には結論不足」「毎年のように不足額が出ている」「執行実績に応じて予算額を算定すべき」「保険者が地域実情に合った事業の創意工夫をするべき」とある。
        これは、予防事業を行っている保険者全体に対しての素人である仕分け人の評価と捉えると、疑問が残るところではあるが、そう取られても仕方がなくはない。なぜならば各包括、市町村の取組状況にはかなりの温度差があることも否めないからだ。「地域支援」「介護予防」の使命を省みようとしない介護予防プラン事業所に落ちぶれている包括、市町村もなくはない。科学的根拠に基づく(効果の数値化)費用対効果の検証を迫られる理由もわかる。一方で老健局長の「まだ始まって3年で、推計は出来ない。これからだ怒り」ということも仕分け人には理解してほしいことも分かる。モゴモゴ

        以前の、在宅介護支援センターが在りし頃にも議論にあがった、要はやっているところとやってないところを見極め、傾斜配分方式にしようではないか!汗
        という展開になったことがあったが、私はそのほうが合理的で、使命感の持続とモチベーションが保てると判断している。もちろんそうなれば衰退する包括、市町村が出てくるかもしれないが、しかし、存在価値のないところは身を引いてもらうほうがすっきりするのではないか。撤退したところは行政指導指針で実情に合わなければその地域に合った対応を、地域で創意工夫を重ねて頂いた産物を据え実行展開していくという代替案は如何か?。汗

        この仕分け作業の結論がでるのは、財務省に委ねられる事になるが、見直しをかけられたことで、転換のきっかけになったことは間違いない。YES!
        良い方向にいくも悪い方向にいくも、その包括ひいては保険者次第である。ニコニコ

        ひとりごと・・・

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          事業仕分けの前半が終了、汗
          良いのか悪いのか蓋を開けてみないとわからないところがありますが、
          数字的には1.4兆円を捻出したということらしいが、今後は如何に。おや?
          周りの野次や誘惑に惑わされず、本当の「無駄」を切り崩して頂ければ
          政府と国民の距離は縮まり、納得のいく政権運営と共により良い生活に直結するものと思います。楽しい

          日常業務で、例えば教室や会議、訪問やプラン作成、突然の緊急相談や緊急対応等で追われている時に考えてしまうことが、「いかに効率良くするか」『無駄を省くか』と。ラッキー
          聞こえは良いが、要は楽をしようとする
          自分がそこにいることが振り返ってみて気付く。しょんぼり

          果たしてそれでいいのかと考えを巡らせば、はっきりとは分からないが、
          どうも腑に落ちない。ふぅ〜ん
          無駄なく事故なく相手にも満足のいくように運んでいるつもりであるが、
          それは実は自己満足ではないか?と。?
          何か足りないものがあるのでは??
          何か忘れているものがあるのでは?ショック

          自分の価値観だけに捉われず、相手への洞察を深めて価値観の裾野を広げた対応ができていたか?・・・・
          自分とは?価値観とは?人間とは?etc・・・ロリポップ!
          効率・スピード重視に陥っている偏重さを感じる。ポロリ
          反省すべきことはたくさんありそうだ。たらーっ

          毎日の業務を事故なく無駄なく効率よくこなすことはそれはそれで良い事である。ワッ!
          ただ、その無駄と思えることにも、次に繋がる大切なものがあるのではないか?ニコニコ
          無駄だと思えることにも、必要ないと思えることにも、人の温かみであるとか、繋がりの光であるとか、人との信頼関係や自身の成長に必要なものへの、マニュアルにはないものが潜在しているものであると思う。ひらめき
          また、効率主義のみに偏重してしまうと何かを失ってしまう、自分の中の何かを捨ててしまうことに繋がりはしないかと考えさせられてしまう。ふぅ〜ん

          仕事でも何でも無駄を恐れてあるいは嫌って、楽な道を選んだ時、平凡な結果しか手に入らない。人のために何かしてあげても計算ずくと見抜かれてしまうし、大したことはできないものであることは、ある程度の経験で理解できてきた。ラッキー

          生活でも仕事でも無駄を惜しんでは人間が小さくなってしまう。小さくなっては人への思いやりも発想も小さくなるということへの学習もできてきている・・と自身思う。汗

          様々な無駄と思えることを経験することで、実践することで、仕事が、人間性が生きてくると思う。イケテル

          これからは無駄の必要性を見極め、「とにかく動く!」「やってみる!」を更に更に積極的に活動していくことが、仕事にも、家族にも、自分にもゆくゆくはよい結果が生まれるものだと意識したい。と考える今日この頃。ラッキー


          (包括Fジョギング

          そこはかとなく書き綴れば・・・

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             首相の所信表明!異例の52分間!時計びっくり
            キーは「民需」「国民」という内に向けられた姿勢の協調路線は歓迎するが、
            果たして政治力の影響はどこまで我々の生活まで届くであろうか。嬉しい

             さて、1週間前のとある新聞記事に社会保障給付費91兆円に!お金
            高齢化で2.6%増。高齢化が原因とのこと。ぶー
            はたしてそれだけか?ちょっと乱暴な言い分では。モゴモゴ
             分野別での最高は年金の48兆円。これは納得いかない。ノーノー
            ずさんな管理を野放しにしてきた、自民の官僚主導が主な原因だろう。
            徴収した年金の運用を担当部局(者)の私利に利用されたツケも
            大きく響いていることは周知の事実だ。ふぅ〜ん

             新政権の担当大臣もこのことを前政権に追及した一人だが、無駄の体制にメスを入れ、国民生活疲弊部分への有効な分配と収支の健全化が図れる省全体の建て直しに優秀なプランナーになれるかどうかの手腕が試される。ラッキー
            ただ、この国民生活疲弊部分、いわゆるてこ入れ支援が必要な箇所への支給の視点が本当に適切、妥当なものとなっているか?ワッ!おや?
             母子加算の12月復活を公約第一号へと実現に焦る民主。参院選へのアピール等政治的戦略もあろう。だが実情はどうか?パー
             
             例えば18歳以下の子供が3人の一人親世帯が生活保護+児童手当+特別児童手当の計25〜30万/月支給されている世帯があることはご存知だろうか。世帯状況によって金額の違いはあるものの、夫が働いている世帯と収入程度はほぼ同じで、さらに医療費、子供の授業料、家賃の一部あるいは全額その他生活活動の扶助があり、これはちょっとした富裕層である。そういう世帯には、財務省の収入認定を導入する声に頷けないわけでもない。ノーノー

            国民が考える無駄とは、生活の中にあり、家計に如実に示されており、政策発動に対する一つのヒントになりうるものだと考える。
            本当に困っているところはどこかを見極めてほしい。ニコニコ
             制度のしがらみや調整で難しい面はあると思うが、収入等に一定の基準を設けて支給する。これこそ一番分かりやすい納得のいく支給方法ではないだろうか。
            実施時期が延期されたとしても納得は得られると思うし、国民の状況を把握しようとする、より国民に近い政治として、またわかりやすい政治として受け入れられることであろう。ニコニコ
             財務大臣が厚労大臣へ「社会保障の美名の下に、無駄がないとは言えない」と釘をさした一言に行間の意味合いが見て取れる。イケテル

             てこ入れ優先順位の項目には、中期的ではあるが、介護労働者の賃金引上げも入っており、一部納得はしているのだが、具体が不透明で、手付かず状態であることは残念だが、今後に期待したい。チョキ

             日本国は今まで、第2位の経済大国の上に胡坐をかき、ぬるま湯に浸りきってしまったことが結果的に、教育に力を入れ、日本を追い越せ一心で努力してきた中国に今年GDPを越されることが確実視されている。びっくり
            国力の隆盛、国民生活の活性化を導く意識がほとんどなかったこと、その代償が政策への不具合や無駄という名の余裕に繋がっていることは否めない。教育重視で生産人口を活発化させることももちろん重要案件だが、高齢者福祉業界の活性化も後手は許されない情勢になってきている。てれちゃう

             地方分権改革推進委員会でも例えば特養の最低基準を地方に権限移譲したことを受け、受け入れがより機動的になることが期待されており、柔軟的な施設利用が可能になってくることも垣根が取り除かれた感があり、良いことだと思うものの、さらに戦略的に先を見据えた高齢者福祉への改革を切に願う。ニコニコ

             行刷会議にて新しいことを生まない「引き算思考」の推進を説いた首相の発言が「仕分けチーム」だけに限定されたものとしてもらい、本当の目指すところは、
            内需拡大=“納得のいく”“わかりやすい”社会福祉の反映に結びつくことを大いに期待する。YES!


            (包括Fジョギング

            閣僚の顔ぶれ

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              イチローには脱帽・・・の一言しかない。拍手
              彼のとてつもなさが計れなくなっている状態だ。びっくり
              108年前のキラーはバントヒットで安打を積み重ねたということを聞いている
              しかも、3バント失敗は当時のルールに無かったというから野球
              イチローの記録の価値は更に凄みを増すワッ!
              人類に勇気と希望を与えたと言っても過言ではない偉業であると思う。祝

              この度の政権交代。ラッキー
              賛否両論往々あると思うが、旧政権の負の遺産を引き継ぎ、
              どこまで建て直すことができるか、
              主に内に向けた政策公約達成に期待がかかる部分が大きいはずだ。ニコニコ

              やはり目玉は子育て支援赤ちゃん子供であろうが、
              同時に雇用、医療、そして介護等弱者救済、セーフティーネットでもって不安の解消と暮らし及びその将来の不安を軽減することへの期待がかかり、
              そのための踏み出しは非常に大切になってくる。ニコニコ

              旧政権の政策の正規ルートであった分配の政治に終止符を打ち、工具
              不良事業の不の部分を切ったままの放置は、次世代のつけとしてもたらされる、
              いわば無責任政治という今までのやり方にリセットしなければならないことは
              今回の選挙でほとんどが理解を示したところであろう。YES!

              今後の政権は逐一の動きが注目されるであろうが、見る
              特に政策決定過程における説明責任とその透明性が欠かせなくなることは
              十分承知のはずである。ラッキー

              が、その政権、連立を組むことで、野党と渡り合う段取りであるが、
              ん〜、いささか不安な面が・・・それは、国民新党党首の政策への言及及び入閣 である。
              さかのぼること10年数ヶ月前、介護保険制度発足に伴い政策面での微調整の最終段階に差し掛かり、措置から契約への大転換であると、関係各所方々に奔走GO!していた頃、当時の自民党の重鎮、現国民新党党首が“介護保険制度必要なし怒り!”と掲げたもんだから、それはもうみんな大慌て。
              その理由とは、「現に親の面倒を見ているものがいるにも関わらず、それを無視するとは言語道断である!怒り」ということらしい。
              その後は官僚が即興案でなだめ、事なきに至ったというわけであるが、それにしても、一方通行の社会の流れと訴えの高まりが聞こえない、というか聞こうとしない代議士は今後不要であり、選択の政治へ移行した今となっては通用しない物言いであることはご存知であろうか?ふぅ〜ん
              官僚主導の見直しとなれば当然、政権党の発言が個の意思として働くことは許されず、常に国民の意見を背負っての訴えに変わることを念頭に、その人には政治活動を行って欲しいと思う。ニコニコ

              今、山積した課題のなかでも特に社会保障分野の他国比の劣等さが取り上げられ、水準の向上が目標になり、整備の対象になっていることからも、
              今まで声カラオケとして上げてこなかったというか上げられなかった分野の現場にも目が向けられることで見る、政策に対するアンテナの張り具合が大きく広がりまた、しっかりとしたリサーチに基づいた政策として、友愛精神をもった政策ゾーンを確保して欲しいと思う。ニコニコ

              16日の内閣の顔ぶれ・・・不安と期待・・・とくとこの目で吟味のほどを楽しい


              (包括Fジョギング

              今後の福祉行政に期待すること

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                今、多くの国民が一番注目している、感心を寄せていること、
                ・・・それは政権、政治の行方だと思う。ニコニコ
                与党、野党各政党の政策、公約をこれほどチェック、比較し、
                生活満足度の向上を叶えてくれるところはどこ??
                と模索を繰り返した選挙が過去にあったか?ワッ!

                公約の目玉は教育、子育て、年金、医療、介護だろう。ニコニコ
                子育てに関しては金額まで提示しているということは
                公約実現期待度を大いに涌かせる要素の一つであり、
                魅せる効果にもなっているのだろう。!

                いずれにせよ、30日夜以降、新政権が事実上誕生することになるのだが、
                その新政府による政策が、国民に、もっというと各政策に関係している
                本人、家族、地域、現場が描く政策がそのまま直結しているようなものであれば
                言うことないが、(少しくらいのブレはしかたないとしてふぅ〜ん
                例えば今年4月の介護保険報酬改正でもあった、言わば“まやかしの改正”
                “からくりの3%”では、一層の不信感として総スカンをくう結果になるだろう。たらーっ

                また、介護職員処遇改善交付金なるものは、介護給付費という形態ではなく、
                別立ての交付金という継続性のないものであることは、業界員各位ご承知していただきたい事項である。ショック
                この交付金が、基本報酬ベースに直結するものであれば、
                「よくぞ改善してくれた!」と賛美を称えるものであるが、
                じつは、この代物、一時的なものであること以外に、事業所にとっては交付見込み額以上の賃金改善が必要とされるものであり、同時に福利厚生(ハード面の整備)の確保も必要になるという点から考えると、事業所の収益が下がるという結果が浮かび上がってくる。たらーっ

                このようなごまかしを平気で持ち込まれる福祉業界はこの現実をどう考えるか。ぶー
                これも政策への提言力の無さか。たらーっ
                この一連の政策に対して、
                政策の趣旨を現場が納得できる効果を示したとは思えない。
                上記の記したように“まやかし”の何者でもないと考えられる。ぶー

                このことは、03年の社会保障費抑制方針に端を発し、自立、自己決定を声高に叫びながら実は当事者のニーズを反映できない、自己決定の幅を逆に抑制する方向に進まざるを得ないものになっていった経緯を現在も踏襲している。ノーノー
                すべては財源不足。お金
                そのことを理由に最低限のサービスをすればよく、内容は官僚が決めるという、現場を酌んでいない発想がまかり通る。ぶー
                「3%UP、交付金を与えた」と言われても、反映されないものであれば、逆効果であり、憤慨著しくなるもので、業界の悪影響に繋がることくらいの予見は官僚諸君、出来なかったのであろうか。おや?

                今回の選挙での各政党は介護・福祉の問題を目玉の一つとして挙げており、
                全てにおける改善策を示してくれている。ラッキー
                それは業界からの政治力ではなく、目を向けなければ国民が納得しない社会問題の一つとして目玉になっていることで、業界の政策への提言力も今後の課題として見直さなければならないだろうが、要は、今後は、政策の立案主体は官僚主導であったものが、利用者、家族、現場が立案していく、声を傾けられる道筋が出来るであろう可能性を秘めているものであることが明るい材料だ。ひらめき

                研究者や有識者等の専門家よりも、本人、家族、現場こそが専門家を超える専門家であることを、生の声を聞き取ることが、効果的政策の一番の近道であることを早く認識すべきだ。YES!
                昔からの負の遺産は、早く排除し、
                新たな未来あるリセットができることを、期待したい。ニコニコ

                見逃せない21年夏おてんき


                (包括Fジョギング)



                ひとりごと・・・

                0
                  虐待について少し触れてみたいと思う。鉛筆
                  私が所属する地域包括支援センターには、住民様をはじめ、本人、サービス事業所、担当ケアマネ等より主に高齢者虐待に関する相談が寄せられる。ケータイ
                  「担当利用者に顔にアザがある」「息子が怖い」「保護服を着てデイに来る」「異様に痩せてきた」「声掛けや近寄ると怯える」「隣から怒鳴り声や泣き声が頻繁にある」「異臭がする」
                  たまに、虐待者から「妻を叩いてしまう」「怒りが収まらず怒鳴ってしまう」等もある。

                  高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(通称「高齢者虐待防止法」)が、平成17年11月1日成立、翌年4月1日施行したことで、
                  今まで、高齢者虐待についてその場の判断で解決されてきたという
                  グレー的な判断、基準がないものであったのが、きちんとした定義が発生したことは、虐待に対する国民の、あるいは虐待担当窓口への認識の浸透という意味では功を奏したところである。ひらめき

                  これは、平成12年5月「児童虐待の防止等に関する法律」 
                  平成13年4月「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」
                  が議員立法として制定され、遅れる事5年、
                  やっとのことで制定になったこの法律の柱は、
                  虐待被害を受けている「高齢者の救出」「再発防止」とともに、
                  虐待者になりかねない養護者の孤立した状況にも目を向け「養護者支援」も視野に入れる点にある。ワッ!
                  これは、制定前に行った調査、研究で、被虐待者が一番の被害者であるが、例えば、介護が加害者に集中していた事例や加害者自身が体調不良に陥り、
                  生活が困難の極みい達した事例等が相次いでいる事が分かり養護者も同様のあるいはそれ以上の苦しみを味わっていることが、結果として大きくクローズアップされたことによる。YES!

                  また、高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した者は、
                  その高齢者の生命、身体に重大な危険が生じている場合には通報義務が、
                  それ以外の場合であっても通報の努力義務が、課せられている。パー
                  早期発見という虐待防止システムの機能が発揮されるよう、通報内容の真偽につては通報者に真実性の保障を求めない内容になっている。
                  (施設内虐待については、その施設の信用に関わるものであるため、「虚偽・過失による通報」は不利益処分の対象になっている嬉しい

                  しかし、整備されてきた高齢者虐待施策について、まだまだ十分に普及されていない現状から、様々な痛ましい事件が後を絶たない。ムニョムニョ
                  ニュースになったところでは、京都で起きた年老いた母と母の介護のため仕事を辞めざるをえなくなった息子2人暮らしの閉ざされた空間が引き起こした介護殺人。名古屋で起きた無理心中未遂で、公判後、自宅で自殺したいたたまれない事件がある。

                  上記のような事例を受けて、このような事件を二度と引き起こしてはならないと考える。特に自分の担当地域は絶対に引き起こしてはならないと、身を引き締める。モゴモゴ
                  市町村をはじめ、包括の普及活動と総合相談窓口強化は絶対事項で、継続して地域の方々と協力しながら、虐待ゼロ作戦を推進していかなければならない。汗

                  包括で、相談を受けるケースにも重く重症化したケースがあるものの、法律における定義に含まれない虐待行為はたくさんあるわけで、定義範囲外であるから、虐待ではないと支援対象除外できるものではない。ぶー
                  「疑わしきは虐待」という方向での対応が望ましいとする厚生労働省の立場からは、本人、家族、施設に十分配慮した、早期解決を思慮に入れている政策であると法律内容から読み取ることができることは、今後の虐待防止の発展に繋がるものと期待できる。パー

                  現場としては、相談や現行場面として相対する時は、経験値、知識値の積み重ねは勿論であるが、その人の性格、日常、環境、地域、交流等様々な状況の表と裏を見極めた、虐待者、被虐待者、家族の気持ちを理解する基本態度が不可欠であり、願わくば、地域全体で、支援困難者・家族を支える事が当たり前の地域社会作りができればと思う今日この頃である。楽しい


                  (包括Fジョギング

                  ひとりごと・・・(*^_^*)

                  0
                    近代日本を作った幕末の志士達の多くは下級武士だった。びっくり
                    彼らが、世界を見渡す眼力、命をかけて改革をやり遂げる
                    使命感を持っていたのはなぜか?!?
                    それは、彼らの生活が地域生活に密着していたから、というよりも扶持米という上級武士の給与所得とは違い、普段は田畑を耕す自給自足の生活も有事には刀、槍を持ち出陣するというスタイルで、身近に生産手段を持っていたため、自立心が旺盛であったからだ。汗楽しい
                    だから、地域の治水や開拓など、地域住民の生活向上を常に考えていた。怒り

                    が、今は社会システムというか、取り巻く環境、価値観が、自分以外のものに根付くものではないため、自己以外の物は目に入らない、世のため人のため、ではないが、尽くすべき使命感、責任感をまとう人物はそうはいない。たらーっ
                    当事者意識の欠落の根源であると考える。ふぅ〜ん

                    また、奇をてらわず、
                    間違いははっきりNOと言える職務に忠実な存在も世には薄い。くもり
                    そういう者達がたくさんいたから近代化日本が誕生したのだと言える。
                    もちろん時代背景も価値観も今とは違うが、ベースは同じであると信じて疑わず。ワッ!

                    今を振り返ろう。豚
                    自己利益に走る者の不祥事やら発言やら
                    恥ずかしい報道が日々テレビを賑わしている。テレビ
                    矛盾が分かっていながら、間違いを指摘すれば怒られるので現行制度の不備を認めない、器の小さい考察が物悲しい。そこにあるのは保身の何者でもない。ムニョムニョ
                    それは、国政にも如実に現れている→政治家が変わっても、総理大臣が変わっても何も変わらない現実。ふぅ〜ん

                    日本の福祉政策に話を移そう。プシュー
                    例えばしょうがい者雇用では、法定雇用率では、ドイツ5%、フランス6%と高く、日本は1.59%で義務付けられている1.8%には未達成だ。びっくり
                    このような福祉行政の他先進国に差を突きつけられているのもかかわらず、国連で採択された障害者権利条約(合理的配慮義務)には批准を迫られている有様で、
                    福祉・社会保障どこ吹く風、解決は先送りで、
                    恥ずかしさのかけらも感じていない様子。ムニョムニョ

                    社会保障でいえば、介護、年金、医療と高齢期もさることながら、生産過剰で失業が慢性化している不安定状態で始まった教育再生懇談会では、能動的な人生前半の保障=教育の機会均等の議論が前に進まない。日本の教育の公的支出は先進国中最低水準だ。びっくり

                    なぜこのように国政に携わる者の腰が重いのか。ピピピ

                    ひとつは、政策を打ち出すシステムが不透明であること。人事のからくりが有効な政策を引き出せないことと、大臣、議員、官僚、政務官が機能していない、昔からのしがらみから抜け出せないでいること。NO!

                    もう一つは、財源確保の困難へん責任転嫁・・・ということだろう。みんなの反感を買うので、増税と声高に言えない。ここでも、一時的に国民に良い人になろうという思惑が見え隠れするという、国民そっちのけの当選ありき、議席奪取の考えが大前提になっている、政策工程が不透明な代物になっていることが多い。おや?

                    信念のある考え、理念には説得力がある!拍手
                    泣いて馬ショクを斬る、ではないが、我を省みず地域住民の現状を鑑み、政策を打ち出すという使命感を感じて矛盾を解決できる方向に向かせるパワーを持って取り組める人が組織が出てくればという思いである。ニコニコ

                    総選挙前夜・・・各政党がかっこいいことを書いているマニフェストがそのまま国民の契約書となる、くらいの信念で、地域住民の生活向上を常に考えていた幕末地侍のような使命感と責任感を持った活動を切に願う。鳥


                    (包括Fジョギング


                    ひとり言(*^。^*)

                    0
                      ここ一連の政治施策政策の動き、ロリポップ!
                      「内閣改造劇」「総選挙」「補正予算」「直轄事業負担金」・・・汗
                      等々を見ていると、国の考え、自治体の考え、政治家の考え、霞ヶ関の考え、対する民意、本音と建前、私欲と無欲、上意下達、放任と管理、イエスとノー、不信と信頼、正と偽、束縛と解放、効率と無駄。ふぅ〜ん

                      ん〜、幕府が倒れ、明治が始まって以来140年弱、中央官僚はカネを餌にして、日本のあらゆるもの一律に管理してきた。カネ=税金である。ショック
                      そして、われわれは国民である前に町、村や市もしくは区という自治体に住んでいる。その自治体が明治以来の呪縛を解けないで、自立の精神を放棄してきた、というよりも放棄させられてきた。NO!
                      もし、たてつけば補助金が付かない、起債が認められないという目に見えない縛り、一方的駆け引きを余儀なくされるからだ。たらーっ

                      が、最近、市町村にも国の言いなりにストップをかける、くさびを打つ、いわばスターが現れた。大阪・橋下知事だびっくり。勿論住民の支持なり意見が統一しており、追い風になっているという背景があるものの、世論を喚起し、考え、意見を一体化させるハイレベルな物言いと高度な政治感覚とスター性がこのところの行動になって表れているのだと考える。このような人がいないと話は前に進まない。GO!バッド

                      だが、翻って考えてみてみるに福祉業界に吹く風向きはどうだろう。
                      期待薄である。ムニョムニョ
                      なぜか??
                      国、施策への提言者がいない。具体的には福祉施策、報酬改正への政治力があまりにも貧弱だということだ。しょんぼり

                      厚生労働省が次期改正をにらんだキーワードは「地域包括」。ひらめき
                      これは地域包括支援センターのことではない。
                      2025年問題等今後の介護事情を予測する中で、介護全体(人員や質及び対象者増の現状が主)を地域で包括的に考えようという定義だ。ワッ!
                      そしてそこには規制、見直し、抑制と題し、今まで介護保険サービスの付帯的なものまでもが取り払われれる可能性を示唆しているから驚きだ。びっくり

                      しかし、医療に対してのサービスについては積極論が飛び交い、優位的改正に結びつける論議内容になっていることがことさら不思議である。ぶー
                      やはり医師会は強いが介護は弱いのか。?

                      厚生労働省内に設置されている研究部隊が、今大いに叫ばれている介護の質の向上、待遇改善、地位向上を謳っている内容の逆行の議論と研究発表を堂々と歩んでいるのだから開いた口が塞がらない。ノーノー
                      研究会のメンバーには現場の人がいない。構成員は研究者ばかりだ。おや?
                      省の息のかかった人選他ならない。ムニョムニョ
                      それでは介護現場の生の声が反映されるはずはないのである。しかも提言内容は、自分の研究文献の書き写しのオンパレード、ということは新たに考えだした、”今“を見据えた改革案ではないのである。ノーノー
                      介護福祉の将来はどうなるのか?官僚の押し付けた、そしてこだわりの「今」には当てはまらない見当違いな方向に行き、その連鎖の果ては。
                      “崩壊”。 それだけは避けたい。ぶー
                      そうならない為に!!ぶー
                      われわれは活目しなければならない。怒り


                      (包括Fジョギング


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